1. 「サラリーマン」という言葉の誕生
この言葉が広く普及したのは**大正時代(1920年代前後)**のことです。
生みの親については諸説ありますが、特定の個人が命名したというよりは、当時のメディアや社会情勢の中で自然発生的に定着したとされています。有力な説の一つに、1920年代に中産階級向けに発行されていた雑誌や、前田一という人物が書いた**『サラリーマン物語』(1928年)などの著作、あるいは当時の「時事漫画」**などのメディアが流行させたという流れがあります。
それ以前は、役人は「官員」、民間企業は「社員」や「奉公人」と呼ばれていました。しかし、第一次世界大戦後の景気拡大で事務職(ホワイトカラー)が急増し、彼らを従来の「労働者」や「職人」と区別しつつ、新しい都会的なライフスタイルを送る層として象徴するために「給料(Salary)をもらう男(Man)」という和製英語が作られました。
2. なぜ「大企業・正社員志向」が強まったのか
日本で「寄らば大樹の陰」とも言える大企業志向が強まった背景には、明治から戦後にかけた複数の歴史的要因が重なっています。
士族のプライドと「職員」の特別視
明治維新後、職を失った武士(士族)たちの多くが、新しい政府の役人や銀行、大企業の事務職へと転身しました。彼らは「自分たちは単なる労働者ではなく、組織を支えるインテリ(知識層)である」という自負を持っていました。 このとき、現場で働く「工員」と、管理側に回る「職員(サラリーマンの前身)」の間に明確な身分差が生まれ、**「立派な組織の職員になること=社会的な成功」**という価値観の種がまかれました。
戦後の「日本型雇用システム」の完成
大企業志向が決定的なものになったのは、高度経済成長期(1950〜70年代)です。 戦後の混乱期を経て、企業は労働力を安定して確保するために**「終身雇用」と「年功序列」、そして「企業内福利厚生」**という仕組みを整えました。
- 生活の丸抱え: 大企業に入れば、結婚すれば家族手当が出て、社宅に住め、老後は手厚い退職金と年金が保証される。
- 社会的な信用: 銀行のローン審査や結婚相手探しにおいても「大企業の正社員」であることが最強の信用証明となりました。
この時期、サラリーマンは「モーレツ社員」として国を豊かにするヒーローであり、同時に**「大企業に所属しさえすれば一生安泰」**という社会全体の暗黙の了解(社会契約)が成立したのです。
教育制度との連動
この雇用システムに合わせて、日本の教育も「大企業が求める、協調性が高く均質な人材」を育成する方向へ最適化されました。いわゆる「受験戦争」は、この安定した「大企業の椅子」を奪い合う椅子取りゲームとしての側面が強く、これがさらに国民の大企業志向を加速させました。
日本のサラリーマン文化は、かつての武士道精神と、戦後の経済復興という特殊な環境が合体してできた、非常にユニークな社会構造と言えます。

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